2021/01/17 14:01
(つづき)
ファラフラを後にして次に向かったのはバフレイヤという砂漠の町でした。
到着したバフレイヤの町は「何もなさそうだな」といった印象で、宿探しにさまよっている途中、たまたま声をかけた修理工のおじさんの弟が安宿を経営しているそうで、バイクで連れていってもらえました。
高台にあるその宿の裏手は広大なヤシの木のジャングルになっており、周囲を砂漠に囲まれていてもここがオアシスの町だということを実感します(日暮れどきにお散歩してたらこのジャングルで軽く迷子になり焦りました)。
まずは町をぶらぶらすることから始まる私の旅スタイルですが、バフレイヤは本当に何もないところで、これと言って滞在する目的もなく1泊しただけでした。
唯一楽しかったのは町の元気なチビっこたちとからめたことでしたが、一人の男の子が小さな石を見せてくれました。
それはたしか六方晶系のクリスタルだったと思ったのですが、調べてみるとバフレイヤ近郊は鉱物を産出しているらしく、ここでも石を巡る旅になるだろうかと期待しましたが、結局見つけることはできませんでした。が、ぶらぶらしていると宿の店先に石などが並んでいたので、やはりバハレイヤでは石が採れるのでしょう。
ところで、エジプトの石は調べてもほとんどのその情報が出てきません。大抵がリビアングラスの情報で埋め尽くされています。
が、この旅を通してエジプトには沢山の素晴らしい石があることを実感しました。それらはただ日本や他国に流れていないだけで、世界にはこのように知らない産地の石がたくさんあるのだろうと思えます。
ディナーを採った狭いボロ小屋のようなチキン屋さん。
私の英語能力も大概ひどいものですが、エジプトは砂漠の町へ行くとほとんど英語が通じません。店のお兄さんが急に胸と腿を交互に叩き始めたので「?」が10個くらいついたのですが、「チキンの部位はムネかモモどっちにする?」と尋ねていたのでした。この店には長居しましたが、言葉が通じなくとも楽しい時間は過ごせるものです。
翌日、バハレイヤではブラブラしただけで一度カイロへ戻るバスを待ちました。
次の目的地は最期の砂漠の町、スィーワ(シワ)でしたが、スィーワに行くには一度東に折れてカイロへ戻る必要がありました。
昼頃にバハレイヤを発ち、カイロに着いたのは夜ごろでした。何だか久々に人の溢れる街へ来たような気分になりましたが、スィーワ行きのバスはその夜の出発だったので、すぐにバスステーションへと向かいます。
砂漠の町ではどこもターメイヤサンドはありましたが不思議とコシャリを見かけず、短いカイロの滞在でここぞばかりにコシャリを注文しました。
西部砂漠のスィーワへはカイロからバスで12時間。
夜通し広大な砂漠をつっきって、スィーワに着いたのは翌日昼頃でした。
スィーワはこれまで辿った砂漠町の中でも本当に小さな町で、中央に大きなロータリーがあり、そのぐるりに店々が並んでいる、本当にそれだけの町でした。また、スィーワにはベルベル系と呼ばれる土着の人々が住んでおり、カイロなどとはまた違った雰囲気をもっています。
「よそ者ノーサンキュー」といった感じで完全にアウェーな空気なのですが、ひとまず広い中庭のある、よさそうなボロ宿を見つけてそこに決めました(一度部屋のドアが壊れて閉じ込められバルコニーから外の人に向かって「Heeeeeelp!」と叫びました。ボロ宿はこれだからやめられません)。
スィーワは確かに小さな町なのですが、とても歴史が古く、また見所の多い観光地でもあります。
カスルと呼ばれる泥で造られた丘の上の旧市街や遺跡、そしてアレキサンダー大王が神託を受けたというアムン神殿、クレオパトラも入浴したといわれる鉱泉、そして周囲はヤシの木と巨大な塩湖に囲まれたとても美しい場所でもあり、ひそかに楽しみにしていた場所でした。
宿に荷物を置いて、ひとまず昼下がりのブラブラを開始します。
まずは何となくこころ惹かれていたアムン神殿へ向かおうと思い、ヤシの木に渡された道を歩いていきます(スィーワはヤシの木だらけです)。が、思った以上に距離がありだんだん面倒になったところで車の荷台に載せてもらえました。
エジプトは古代の遺跡だらけですが、案外行きたいと思える場所は少なく、けれどアムン神殿はなぜかこころ惹かれる場所でした。やはり観光地なだけに外国人の姿も目立っていたのですが、その古く朽ちた神殿は、今でも壮麗な姿で丘の上に立っていました。
今でもよく覚えているのですが、アレキサンダー大王の神託が下ったという部屋ーー屋根は崩れて青空が覗いているのですがーーに行った時、そこがまるで宇宙空間のように感じらてとても不思議な感覚でした。
この周辺をあちこち巡ってよくわかったのですが、スィーワはいわゆるパワースポットと呼ばれる天と地のエネルギーが届きやすい場所に位置していて、ここならオラクル(神託者)たちも宇宙に繋がりやすいのだろうということを感じました。言い方を換えればアカシックレコードにアクセスしやすい場所。とても、神秘的な空間でした。
そして眺めも素晴らしい。
夕方はカスルや町はずれの遺跡をぶらぶらして過ごしました。
今は廃墟になっているカスルは野犬たちの住処になっていて、入り組んだ迷路のようなそこでもやはり迷子になりつつワンに唸られながらなんとか脱出。スィーワでも相変わらずのアドベンチャー感です。
翌日、私はレンタサイクルに乗って少し遠出することにしました。
アムン神殿の高台から見えていた遠くの景色が素敵だったのと、誰が名付けたのかわかりませんが、スィーワには「ファンタジーアイランド」と呼ばれる塩湖に浮かぶ小島があり、そこに行ってみたかったのです。
ロータリーにあるレンタサイクル屋でボロ自転車を借りてLet's Goです。
ヤシの木の道をひたすら走っていくのは爽快なものでしたが、ボロ自転車ではそれなりにハードな道のりでした。
しばらく走るとヤシの木が拓けて、広大な塩湖が眼前に見えてきました。到着したファンタジーアイランドには円系に縁どられた素敵な鉱泉、そして湖畔には桟橋、シャーイや珈琲などを出してくれる小屋があり、とても雰囲気のよい心地よい場所でした。
トルコ式珈琲を飲みながら屋台で買ってきたターメイヤサンドを頬張る。最高の時間です。
ファンタジーアイランドはその名の通り素晴らしい場所で、しばらくのんびりと塩湖を眺めた後、アテもなく自転車を走らせることにしました。
再びヤシの木に覆われたジャングルをガタガタいわせながら進んでいると、ふいに砂漠の道に出ました。目の前はずっと砂漠。この道をゆくのも面白そうです。
そのまま自転車で砂漠ロードをひたすら走っていく訳ですが、すぐ真横は砂漠で、それは丘になったりしながらずっと向こうまで続いていて眺めのいいものでした。
ほどなく走っていくと砂漠の中に延びていた道は左右に分かれ、左には広大な砂漠の砂丘が広がっていました。私は何となくそこに自転車を止めると、道のない砂漠のただ中を歩いてみることにしました。
今時はオフラインでもGPSで現在地がわかるので、どこまで歩いても帰りの方角に迷うことはありません。地図を見てみるとその先にあるのはひたすら砂漠の大地。砂丘は波打つようにどこまでも砂の地を広げて、緩急のある丘をずっと向こうまで連ねています。
眺めているだけでもワクワクするその光景を、とにかく感覚のまま歩きだします。
遠くには2つの美しい塩湖と、スィーワから外れた町も見えましたが、砂丘の斜面をへだてたり少し歩くとそれらも視界から消え、ただただ砂の白と空の青だけが見える、青と白だけの世界になりました。
砂漠は一面的な景色ではなく時に表情豊かです。砂の丘が盛り上がったり急な下りになっていたり、一帯が丘のようになっていたり窪地のようになっていたり。その光景の中を楽しそうな匂いを辿ってただただ歩いていると、やがてどこまでも平坦に思える砂の大地へ。
砂漠を歩き続けていると、こころはとても静かになっていきます。意識状態が変わるといいますか、頭の中のお喋りがなくなり、瞑想状態に似たカームなきもちで、ただただその中を歩いていました。
視界に入るのは空と砂だけで、誰もおらず、聴こえるのは風の音だけ。その中で過ごす時間は素晴らしいものでした。
砂漠のずっと向こうはリビアとの国境。きっとまだ誰にも見出されていないリビアングラスがゴロゴロ落ちているのでしょう。
とても神秘的なきもちでずっと砂漠を歩いた後、陽が沈む前に砂漠を引き返すことにしました。GPSで見ればどちらの方角に歩けばいいのかわかったのですが、やがて自分がここまで辿ってきた足跡を辿ればいいのだと思い、ひとつだけ続いている自分の足跡をそのまま辿ることにしました。
自転車を止めておいた分岐点に近づいた時はもう陽も随分傾いて夕焼けに近くなっていました。自転車はもう目の前。もと来た斜面を下ろうとすると、ふと西日に照らされて一面がキラキラと反射している場所が目に入りました。
なんだろうと思い近づいていくと、なんと…
そこには無数のガラス質の天然石が、ゴロゴロと落ちていたのでした。
(フォトは次記事に載せています)
驚きとともにそこに落ちている沢山の石たちを眺め、手にとってみました。それはジプサムのようなガラス質のもの、カルサイトのように見える石、またはクリスタルが風化したように緑がかったものなど、様々なフォルムの石だったのでした。
それら大小無数の石が目の前の砂漠に落ちているのです。私は西日の中でそれらの石たちが広がる砂の丘を、石たちを眺め、時に手にしながら散策しました。それは砂の中の宝の山のようでもあり、奇跡のような体験でした。
まさか何気なく自転車を止めた場所が石たちの住処になっていたとは…この広大な砂漠の中でそれを発見できたのは奇跡でした。ポケットに入れていたリビアングラスが導いてくれたのでしょうか。
きっとここにはかつて海水があって、水の底で、そして環境が変わり、岩場を揺りかごにこの石たちは育ち、地中の変動などにより今では砂の上に顔を出していたのでしょう。
きっととても永い年月を砂漠で過ごしてきたのでしょう。クリスタルマウンテンの石と同じく、砂漠の石は長年の風化によって角や石肌全体が丸みを帯びています。
興奮とともにそこにいて石たちの中を歩いていましたが、陽が落ちてしまえば帰りが心配になるので、ひとまずは切り上げて帰途につくことにしました。
自転車にまたがって帰る道中もアタマの中は先程の石のことでいっぱいでしたが、ちょうどファンタジーアイランドに差しかかる頃、陽は向こう側に沈もうとする頃合いで、とても美しい景色が広がっていました。
私は自転車をファンタジーアイランドに止めて、そこで夕陽を眺めることにしました。
アイランドはエジプト人の観光客できらきらと賑わっており、その中を、トルコ式の粉のような珈琲を飲みながら塩湖の向こうに沈む夕日を眺めているのは、とても素敵な時間でした。
スィーワには2泊して明日発つ予定でしたが、私は一日日程を伸ばして明日もスィーワに滞在することにしました。先ほど見た石が忘れられなかったのです。
きっとスィーワには、まだ他にも素敵な石が眠っているスポットがあるに違いないと感じていました。
~「Crystal Journey⑥ スィーワ、砂漠に忘れられた石たち篇」につづく。